ええわ文化でDIY 潰れてしまっても構わない家

もちろん
そんなものはない。
 先日徳島まで床貼りのワークショップに行ってきた。 床貼りを実際に体験する出来たのは貴重な経験だったが、個人的にそれ以上に良かったのが、基本的な構造を教えてもらえた事だ。
家は基本的に簡単な構造で出来てい構造の説明をされるのだが、自分は全く違う事を考えていた。
全然違うんだけれど、モンゴルのゲルの構造が連想され、
「ひょっとして万が一壊れた時の為にすぐに作り直せるような構造になっているんじゃないか?」というものだった。
説明を聞けば聞くほど
「家は頑丈に作るもの」
という概念がひっくり返され、明らかに『潰れるかもしれないけど、誰にでも作りやすい設計』だった。

 日本は地震やら台風やら、昔は洪水やら、自然災害が何かと多くて、想定外の出来事が起こりやすかった。そう考えると、まるで、家がぶっ壊された時にあんまり精神的に傷つかないように一から作り直しやすいように設計されているんじゃないだろうか。

  そう考えると、「耐震補強」とい言葉に代表される昨今の家は自然相手に
『潰れないように造る』
を前提とされている(あたり前なんだけどね^^;)ようで少し無理があり、床貼りをしていた部屋の離れにある、恐らく昭和30年代に増築された部屋は既に傷んで頼りなく、築100年以上の経ってなお存在感のある母屋と比べると見劣りがひどかった。
 3000万円の家を買って、ものすごーく強く台風や地震で潰れないように設計されていても、潰れてしまった時のショックは立ち直りが効かない。もちろん高価な買い物なのでその為に専門家の叡知が集結され、潰れないよう設計されて万が一何かあった時の為に保険掛けたりする訳だが、基本的にめっちゃ費用がかかる。
 万が一の事態が起こって例え保険が効いてたとしても、自分ならたぶん泣く。きっと泣く。いや、確実に、しくしくと泣く。
 自分でやれば自分の責任で失敗しても場所の把握はしているし文句はでない。もちろん『餅は餅屋』ではあるのだが、誰かに任せる時は自分が払った費用が相手に対する期待値になる。未だに無くならな手抜き修工や、耐震偽装なんかのリスクも考えると自分でやっちゃうのもアリなのかもしれない。
 最後に断っておくが、別に持ち家を否定している訳でも古い家は壊れやすいという話ではない。

 子供の頃から『家』と聞くと、『35年ローン、夢のマイホーム』か『一生賃貸』みたいなイメージがあったが、他に選択肢があるようで、どうやら昔の人は『ひょっとしたら壊れてしまう、そういうもの』として認識してたかもしれない。ほっといてもこれから空き家がどんどん増える時代なので、これからは別の選択肢があるような気がした。

(今回の話は全て構造の説明された時の自分の勝手な妄想。ちゃんと調べてません、悪しからず)


 今回床貼りをさせてもらった古民家は誰でも作りやすい様に設計されていて、しっかり作れば100年経ってもなお頑丈。普段は人目につかない床下の基礎部分の構造は美しかった。


昔の人ってエライなぁ。

気になることはやってみる(アカンかったらその時考える)

思いついたりやってみた事をつらつらと書き綴ります。

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