イベント当日は朝からバタバタした。
昨家仕込んだカレーが一晩寝かせているとうまくはなったんだけ味の微調整が必要だった。米を炊いたりしていると、合間に当日キャンセルの連絡が入り、ひょっとしたら時間がなくなるかもしれないので工具の調達の為に近くのホームセンターにインパクトドライバーを借りに行った。
スタート時間に間に合ったと思ったら、イベント開始時で参加者ゼロ。
しかし自分の打ったイベントのタイトルによるところ、どうやら雨が降らない限りは世界が滅ぼうがイベントを結構せねばならぬらしい。
お店の宣伝以外に『リア充の見せあいっこ』『承認欲求増幅装置』のようなSNSの世界でそれでも私は発信せねばならなかった。
1人で根太を切り出し始めて同じ長さの端材を作った頃に参加者がポツポツとやってきた。
最初にやってきたのは服部天神で『PEACOCK64』という喫茶店をやっている上芝さん。
昨今の活動をするにあたってのウチのメンター。(非公認)
イベントやり始めてわかった事なのだが、一つイベント打つだけで結構大変。当日するのはもちろんなのだが、自分の場合は準備にものすごい労力がかかる。今年こそ落ち着いたが、上芝さんは去年まで毎週のようにイベントを打ちまくる(しかも主催!)という結構狂った事をされていた。
やり方のノウハウとか知識が豊富で何かと相談しやすいので困った事があるとマメに相談しにに行くようになった。
万能型、他者の追随を許さない圧倒的な器用貧乏なのでなんでも卒なくこなして下さる。
少し後に到着したムーチョスさんは去年からカレーのイベントで2カ月に一回くらいのペースでお会いするようになった。カレーのイベントでは同じ初回参加にも関わらず自分からガンガンカレーを作る積極的な方だった。兼ねてから自分のfacebookの投稿に興味をもって下さり今回の参加だった。
先の上芝さんのアドバイスにより「ちっちゃい事でもいいからマメに投稿しといた方がいいですよー」と言われ、最近facebookの投稿を少しずつ増やした。最初のうちはヘタに「いいね」とかされて、中途半端な知り合いとかに「何やってんねん、コイツ」と思われそうで、投稿する事を躊躇したが、
「まー、タイムラインは流れていきますからね。」とのアドバイスで、あんまり気にしなくなった。
最初の頃は、よく投稿する人の真似をしていたのだが、いかんせん投稿していても面白くない。投稿するうちにハタと気づいた事だが、
「自分が思っている程、知り合いは自分の事を気にかけていない」という衝撃の事実を突きつけられ、だんだんどうでも良くなってきて好き勝手投稿した。ほんと最近、イベント前になって初めて「あ、これちょっと一見さん来づらいなぁ」と反省した。その上で、来て下さったのでやっぱりちょっと変わった方なのだろうなーと思う。
自分で言うのも何なのだが、上記のようなイベントの投稿見たことないので自分が逆の立場だったらけっこう怖気づく。
立派な体格をされておりノコギリまで持参され、(これで日曜大工できなかったらガッカリやなー)と内心思ってしまう程期待値は高かった。
次にコウさんがやってきた。
唯一の床張り経験者で去年徳島であった『全国床張り協会』という団体でやっていた床張りのワークショップで一緒になった。
同じ大阪に住んでいる。
ワークショップでは実際に自分もやるつもりであれこれ聞きに参加したので、「大阪でやられるんだったら行きますよ」と仰れたので声をかさせて頂いた。
できたらやった事ない人を優先的に工具を扱ってほしかったので、声をかけていいのか迷って、事情を説明すると、わざわざ予定を調整してまで来てくださった。自分以外にも作業のだいたいの流れを把握している人がいるのは心強かった。
昼前になってようやく到着したのが、市橋さん。
豊中で事業所を営まれている。自分で事業を立ち上げるくらいなので、持ってるエンジンがすごい。何かの成功者みたいに、周囲にも感染しそうな自燃性の熱を帯びている。
どれくらいの熱量があるか例えるなら
『ホイッスル鳴る前から点を取りにいくパワーフォワード』
『始球式からフルスイングで打ちに行く助っ人外人』
みたいなイメージ。
この日も日曜日の昼下がりに
『土曜の夜中、朝の5時まで飲んでいて遅刻』
昔の羽振りのいい中小企業のおっさんみたいな豪快な登場の仕方で、前日搬入を手伝ってくれた時の爽やかな男前は見る影もなかった。
午後遅くにやってきたのは豊中で『ギタスナフェス』という音楽フェスを主催されている藤田くん。カレーの試作の時にもお世話になった。
(そろそろ今年のに替えてほしい)
元はギターや楽器を持った人のスナップ写真を趣味で撮っていた。
ガンダムやプロレスやアイドル。古くは切手や電車の昔から、趣味とはこっそり楽しむものである。
それを藤田くんは、ただ写真を撮るだけでは飽き足らず、あろう事か直接本人に声をかけてしまうのである。次第にいろんな人と関わるうちに
『生活環境が要因でみんな音楽から離れてしまうのは寂しい』(みたいな感じだったと思う)という熱い想いから、趣味から始まったはずのものがいつの間にかフェスを開催するまでに昇華した。
溜まりに溜まったスナップの数は約1000枚。誤解を恐れず言わせてもらえば、これはもう、ある種の『変態』である。
みんなカンナを使った事なくて困っているとジャンプの漫画みたいなタイミングで、ハンチングにツィードのジャケット(みたいなイメージ)、およそ日曜大工とは思えない、場違いな出で立ちで颯爽と現れると、カンナを調整し、みんな慣れない床板にポンチを乱れ打つと
「ゴメン、この後、鬼があるから」(この日は節分でした)
と言うと風のように去っていった。
今日の床張りは人数が溢れるようであれば自分が抜けようと思っていた。しかし丸ノコがある。「大工さんでも指切る事がある」という話を聞いていた。説明すれば大丈夫なんだろうが、例え自己責任とはいえ、自分の主催したイベントで指とか飛ばされると後味悪いので、今回は丸ノコを使うのは自分だけにした。
床を張る別の部屋で一人で作業をしていると、あまりSNSをしておらず、前情報なしの状態で声をかけたコウさんが今日の参加者を総評してこう呟いた。
「なんか、個性的な人多いですね…」
知らない人同士の集まるイベントは参加者の協力も必須となる。どんだけ盛り上がっていようが、一人が白けた発言すると場の空気が悪くなる。今回は場を楽しむ能力に長けた人たちばっかりだったので床張りが例え失敗しようがイベントが成功する事だけは約束されていた。
みんなカンナを使ったことなかったが、「それアカンで!」と禁断のリンゴを前にして言われたアダムとイブののように、「使ってみる?」「使っちゃおっか?」と言ってネットで調べ始めたり、
断熱材の切り出しでは「やった事ないんですけどテレビで見た事あるんでやってみませんか?」
という意見が出れば実行に移して、それがまたうまく行って楽しんでくれたのでこっちとしてはかなり楽だった。
作業自体は難航したが、一枚一枚桧の床が敷かれ、少しずつではあるが確実に部屋の雰囲気は変わっていった。
作業を見ながら徳島で見た古民家の事を思い出していた。
たぶん昔の集落で家を建てるとなると、お祭りに近い一大イベントになったんじゃないだろうか。
四畳半の床板張る事すら一人では大変なのできっと集落の男性は半強制でもみんな協力していたのだろう。物理的に家が建つという目的はもちろんあるが、達成感、体験の共有とでも言うのか何かそういった作業にも意味があったのではないだろうか。
狭いコミュニティの中で生活していたら軋轢は当然ある。だけど、「あいつ、草抜きん時よくサボるけど、水平出しさせたら最強だからな」とか、イラっとしても「床張った仲やしな」みたいな、気の合わない人とでも一緒に作業して、最後に完成するその時を一緒に過ごす連帯感みたいなもの。そんなものが同じコミュニティーを生きる上でけっこう重要なファクターになったのではないかと思う。
いよいよ作業も大詰め。最後の壁までの距離は10cm程度で床材を縦に切る必要があった。
丸ノコを使って2mの長さをタテに切る自信がなかったので、そこは無理をせずに市橋さんに車を出してもらい最後はホームセンターの設備を利用してまっすぐ縦に切ってもらってきた。
既に作業終了予定時刻を大幅に過ぎており、今日できなかったら一人でやるつもりだったのだが、場にはある種の熱を帯び、誰も言ってないのだが、いつの間にかみんなで完成図を共有しているようだった。みんな四畳半の空間に床板が敷き詰められる瞬間を見届けようという気持ちになっていた。
人望が無い以外にも『寒い』『肉体労働』という今回のイベントの特性上、気が付けば今回の参加者は30~40代の男性に集中していた。
昨今の社会問題として、子供や高齢者のような社会的弱者に対してフォーカスされる事が多いが、自分くらいの年代の人もちょうど板挟みな合う立ち位置にいる人が多く、ストレス、立場的に板ばさみにあって十分大変な人たちは多い。自己責任が行き過ぎて孤立してしまって、心を病んだり、依存症になってしまったりする人が少なからずいるので、息抜き程度にこういう空間が一カ月や二カ月に一回くらいはあってもいいんじゃないかとは思った。
いよいよ最後の床材が埋まる。
厳かな儀式の司祭を見守るように、みんな心待ちにしていた。
達成感、体験の共有。
四畳半の空間が埋まる
その最後の瞬間の為に。
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